子宮頸がん検診で引っかかってからの日々

50代主婦のキッコと申します。2018年3月に受けた子宮頸がん検診でまさかのクラスV。その日からのいろんなことを綴りたいと思います。

手紙

実は、身近に悪性リンパ腫と闘っている人がいます。
(以下、Aさんと書きます。)

身近・・・とはいえ、
会ったり、電話で話したりする間柄ではありません。

間接的に近況を聞いたりする感じです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Aさんのその病気は今年になって発覚しました。

聞いたときは、とてもショックでした。
と同時に、Aさんがどんなに辛い気持ちでいるか想像もつかなかったけれど、
お見舞いに行きたいと思いました。

でも・・・。

行っていいのか・・・
もしかしたらあまり人と会いたくないかもしれない・・・

そんなことを考えてためらいました。

だけど思い切ってお見舞いに行ったのが2月の末でした。

思ったより元気そうに見えましたが、
ときおり暗い表情が垣間見えるような気がしました。

そのときは、まだ検査検査の日々で治療は開始していませんでした。

どんな言葉で励ましていいかわからず、
ただ普通の会話をして、笑って話して帰ってきました。

そのときの私は、Aさんの気持ちを思うと胸が苦しくなりましたが
ただ治ることを祈るしか出来ませんでした。

そしてその1か月後くらいに私自身も子宮頸がんの検診で引っ掛かり、
Aさんのお見舞いに行ったときにはわからなかった気持ちを知ることになりました。

そして・・・
しばらくしてAさんにも私のことが耳に入ったようです。
子宮頸がん検診で引っ掛かり、手術をすることになったということが・・・。

4月の半ば頃だったか・・
私が円錐切除で入院する数日前にAさんからの手紙が届きました。
自分も辛い中、私に手紙を書いてくれたのです。
メール、ライン等ですますことが多い中、
手紙というカタチは嬉しかったです。

その手紙には、一生懸命私を励ましてくれている気持ちが伝わってきました。
自分のほうが辛いはずなのに・・・。

そしてその手紙を読んで
あのお見舞いに行ったときの笑顔を思い出し、苦しくなりました。

なぜなら、

自分も病気のことを知ったときはしばらくふさぎ込んでいた。

と書かれていたからです。


そうだったんだ・・・
そうだよね、と思いました。

だけど

〇〇(私の名前)が来てくれてとても嬉しく頑張ろうという気持ちになれた、
あの日は病気と闘う原動力になった。

とも書かれていました。

私は少しなりとも役に立ったのだろうかと嬉しくなりました。
行って迷惑だったんじゃないか・・と思いながらあの日は帰ってきましたので・・。

そして辛い中、私のことを気遣ってくれるAさんの器の大きさに感動しました。

私はすぐに返事を書きました。

いろいろ書きましたが・・・
最後に

お互い笑える日がきっと来るよね、頑張ろう。

と書きました。

例えば私が病気になってなかったら、
頑張ってね、とは言えなかったと思います。

現在、Aさんは抗がん剤治療中です。

抗がん剤の副作用はあるようですが・・・
治療が休みのときは仕事にも行けているようです。

そして治療の効果ははっきりと出ているようです。

私には祈ることしか出来ませんが、

また手紙を書いてみようかな・・と思っています。

今回の自分の手術のことで辛かったこともあまり周りには話すこともないのですが、
Aさんになら素直な気持ちで書けそうです。



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